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大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)644号 判決 1956年9月15日

控訴人 吉村種次郎 外四名

被控訴人 旧称高安村農業委員会 八尾市高安農業委員会

主文

本件控訴はいづれも之を棄却する。

控訴費用は、控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等訴訟代理人は、原判決を取消す、控訴人等と被控訴人間の大阪地方裁判所昭和二三年(行)第二三号農地買収不服の訴につき、控訴人等が昭和二七年三月一一日附の訴取下書に因つて右訴は終了して居らず、右事件は大阪地方裁判所第三民事部に繋属することを確認するとの判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の援用は、控訴人等訴訟代理人に於いて、「取下の効力に関する裁判は、訴訟行為の効力に関するものであつて判決事項に属せず決定を以てすべきものであるから、原判決は違式無効のものである。控訴人福田政二郎は、本件取下書作成当時大阪市内で病臥中で、居村の弟訴外福田安吉に右取下書中の自己の氏名の代書と押印とを委任したことがないのに、右福田安吉は、同大字出身の農地委員等に欺かれ権限なくして、政二郎の氏名押印をしたのであるから、右取下書は無効である。控訴人福田政二郎以外の控訴人等は、同大字の農地委員二名と補助員二名等から高安村農地委員の決議で取下を要請する旨申入れられ、取下書が委員会を通じ裁判所に提出されるものと誤信し夫々署名捺印し、之を右委員等に交付したもので、右取下書が控訴人吉村種次郎名義で裁判所へ直送されることを了知して居らなかつた。又当時控訴人等は、取下書に記載されている事件番号、被告の表示(外一名)の正確なことを知らず当該事件の被告国に対する訴のあることを全然知らなかつたのであるから、国に対する訴を取下げる意思はなく、本件取下書中国に関する部分は要素の錯誤があり、従つて、本件取下書全部は無効である。次に、本件訴の取下については、被控訴人の同意を要するところ、被告代理人堀川嘉夫は、昭和二七年五月二八日本件取下書の余白に取下に同意する旨を記入した。しかし、右代理人が、右のように記入するについては、裁判所の許可を要するのに、右の許可があつたことについては何等の証拠がないから、右同意は、訴訟行為として無効である。しかのみならず、同意は、取下と同様に相手方に対し効力を及ぼす裁判所に対する意思表示であるから、本来取下書とは別に同意書二通を提出し、一通は正本として裁判所に止め、他の一通は副本として取下を為した当事者に送達し初めて同意の効力を生ずるのである。しかるに、本件取下に関する同意書は、控訴人等に送達されていないから、同意の効力を生じていない。而して控訴人等は、本件取下につき被控訴人の同意の効力を生じない間に、本件取下を取消(撤回)したから、本件取下はその効力を生じない。」と陳述し、大阪地方裁判所第三民事部に対する調査嘱託の申立を為した外、原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

当裁判所は、職権で原審証人福田安吉の証言を証拠として採用した。

理由

控訴人等は、訴取下の効力に関する裁判は、訴訟行為の効力に関するものであつて判決事項に属せず、決定を以てすベきであるから、原判決は違式無効であると主張するが、当事者が、訴の取下の無効を主張して期日指定の申立を為した場合には、裁判所は口頭弁論期日を開き審理することを要し、審理の結果取下を有効と認めれば、該訴訟は取下により終了した旨宣言する終局判決を為すべく、取下の不存在又は無効を認定した場合には、その旨の中間判決を為し審理を続行するか、又は審理を続行の上終局判決の理由にその旨の判断を示すべく、いづれの場合に於いても判決を以て判断を為すべきであり、決定を以て為すべきではない。従つて、原裁判所が判決を以て本件取下の効力に関する判断を為したことは相当であるから、控訴人等の右主張は採用できない。

記録を調査するに、控訴人五名名義の原告たる控訴人等と被告たる被控訴人(当時高安村農業委員会)外一名間の訴を取下げる旨の昭和二七年三月一一日附訴取下書が、大阪地方裁判所に提出され、同月二四日に同裁判所に受理されたことは、本件記録中の控訴人五名名義の訴取下書(記録第三五七丁)及び同取下書に押捺されている受附印によつて明らかである。控訴人等は、右取下書による本件訴の取下は効力がない旨主張するので、次に夫々その主張の当否につき判断することとする。

控訴人福田政二郎は、右取下書が作成された当時大阪市内で病臥中で後死亡して居り、高安村在住の弟福田安吉に右取下書中の自己の氏名の代書と押印とを委任したことがないのに、右福田安吉は、同大字出身の農地委員等に欺かれ権限なくして政二郎の氏名押印をしたのであるから、右取下書は無効であり、その他の控訴人四名は、被控訴委員会の農地委員である訴外松本留吉、藤井幸太郎、江尻房次郎、竹田阪一に半強制的態度と欺罔とにより本件取下書に署名捺印させられたものであり、且つ、錯誤があるから、本件取下書は無効であると主張する。しかし、記録中の前掲訴取下書及びその次に綴つてある吉村種治郎発信名義の封筒(記録第三五七丁と第三五八丁との間に綴つてあるもの)、原審に於ける証人松本留吉、同藤井幸太郎、同江尻房次郎、同竹田阪一、同福田安吉の各証言及び控訴人吉村種次郎、同稲田長太郎、同大西正之、同岩本吉治郎各本人尋問の結果を綜合すると、

一、控訴人等は、弁護士久保田美英を訴訟代理人として被控訴人を被告として大阪地方裁判所に農地買収不服の訴を提起し、該訴は同裁判所に繋属したが、昭和二四年頃控訴人稲田長太郎は被控訴委員会(当時高安村農地委員会)事務局に赴き右訴訟をやめて買収農地の対価を貰いたい旨の意向を洩したことから、当時の委員会で控訴人等に果して訴訟遂行の意思があるか否かを確めてはどうかとの議が起り、控訴人等と同大字出身の農地委員であつた松本留吉は、同委員会の委員長の命により当時農地補助委員であつた藤井幸太郎、同江尻房次郎、同竹田阪一と共に控訴人等を訪ね、前記訴を取下げる意思があることを知り、予め委員会で用意した書面に控訴人等の署名捺印を受けたが、右書面はその様式に不備な点があり訴の取下書としての効力がないものと判断された為、裁判所へ提出されず、訴訟はそのまま進行していたが、昭和二七年二月頃に至り、再び右の問題が、被控訴委員会の正式な会議の終了後の協議会ともいうべき会合の席上で取上げられ、控訴人等に訴を取下げる意思があるかどうかを確め、控訴人等が訴を取下げる意思があるなら、取下書に署名捺印して貰うこととなり、当時農業委員となつていた松本留吉、藤井幸太郎、江尻房次郎、竹田阪一等は、四人一緒に又は二、三人或は一人で、予め委員会事務局で作成しておいた本件取下書を持参して控訴人福田政二郎を除く控訴人等を順次訪問し、前記来意を告げて訴の取下の意思が今でもあれば右取下書に署名捺印されたいと申入れたところ、右控訴人等は、右申出を了承の上、本件訴を取下げ訴訟を終了せしめる意思を以て、控訴人稲田長太郎、同大西正之、同岩本吉治郎は自ら右取下書に署名捺印し、控訴人吉村種次郎はその長男又は長男の妻に命じて署名捺印せしめたこと、右署名捺印の日は、いづれも本件取下書の日附である昭和二七年三月一一日前であつたこと、又前記松本留吉は、前同様の目的で同年二月中に控訴人福田政二郎を大阪市生野区内の同人の住所に訪れ、病臥中の同人に対し、本件訴を取下げる意思があるかどうかを尋ねたところ、同控訴人は、以前から訴訟をやめたいと思つていたが、今手許に印がないし、弟の福田安吉に一任してあるから、弟に署名捺印して貰つてくれとの返事であつたので、その後右福田安吉に取下書への署名捺印を求めたところ、同人は、控訴人福田政二郎から既に訴訟をやめたいという意向を聞いて居り、不在中の家事一切につき任され、印鑑をも預けられていたので、控訴人福田政二郎に代つて前記取下書に署名捺印したこと、

二、控訴人等五名が、前記取下書に署名捺印し、又は署名捺印せしめたのは、被控訴委員会との争、ひいては村民との争をやめることを主たる目的とし、少くとも被控訴人に対する本件訴を取下げる意思の下に為されたものであり控訴人等は、本件取下書に署名捺印後の手続については、被控訴委員会事務局に一任する趣旨の下に署名捺印したものであること、

三、前記農業委員四名が本件取下書に署名捺印を求めた際、特に委員会の決議によつて署名を求めに来た旨申述べたことはなかつたが、控訴人等としては、右四委員を委員会の委員として署名を求めに来たものと考え、署名捺印したのであるが、右四委員は、右署名を求めるに当り強制的又は欺罔的な言葉を使用したことはなく、飽く迄控訴人等の自由意思によつて決定されるように申出たものであること、

四、前記四委員は、前記のようにして取下書に署名捺印を得たので、之を委員会事務局に交付し、同事務局において之を大阪地方裁判所に宛て控訴人吉村名義を使用して郵送提出し、右取下書は、昭和二七年三月二四日同裁判所に受理されたこと、を夫々認めることができる。右認定に反する原審に於ける控訴人吉村種次郎本人尋問の結果の一部は、前掲の各証拠と対比して採用しない。右認定の事実からすれば、控訴人等から被控訴委員会に対する本件訴の取下書は、いづれも控訴人等が本件訴を取下げる意思を以て作成され、前記四委員の詐欺脅迫等刑事上罰すべき行為により作成されたものでないことは明らかであり、控訴人等の錯誤に基き被控訴人に対する訴の取下書を作成したものであると認めることはできない。又控訴人等が、本件取下書の被告の表示を高安村農地委員会外一名とし又その外一名の記載が何人を指称するか知らなかつたとしても、前記認定の訴の取下の事情からすれば、控訴人等の被控訴人に対する本件訴の取下書の効力に影響を及ぼすものではない。従つて、本件取下書が、無効であるとの控訴人等の主張は採用できない。

次に、控訴人等は、本件取下書は、控訴人吉村種次郎名義の封筒に入れられ裁判所に発送されているが、控訴人吉村種次郎は勿論その他の控訴人等においても吉村名義の封筒で裁判所に提出することを何人にも依頼したこともなく、又その意思もなかつたと主張し、本件取下書が吉村名義の封筒に入れられて裁判所に発送されたことは既に認定したとおりであるが、控訴人等が、本件取下書に自ら又は他人をして署名捺印させ、之を前記松本留吉外三名の農業委員に交付するに当り、調印後の手続一切を被控訴委員会事務局に委し、同事務局から控訴人吉村名義の封筒で郵送したことは前記認定のとおりであるから、たとえ控訴人等が控訴人吉村名義を以て裁判所に郵送されることを予想していなかつたとしても、裁判所に対する本件取下書の提出が、控訴人等の意思に基かないものと謂うことはできず、却つて本件取下書は適法に大阪地方裁判所に提出されたものと謂うべきである。従つて、控訴人等の右主張も亦理由がない。

本件取下書(記録第三五七丁)によると、被告代理人堀川嘉夫は、右取下書の末尾余白に昭和二七年五月二八日控訴人等の本件訴の取下に同意する旨記載し、署名捺印したことを認めることができる。しかるに、控訴人等は、右の如く同意する旨の記入をすることについては、裁判所の許可を要するのに、右許可があつたことの証拠はないから、右同意は無効であると主張し、当事者が訴訟を遂行するに当り裁判所に提出し、訴訟記録に綴り込まれた書類に対しては、当事者といえどもみだりに後日記入又は抹消を為すことを得ないことは固より当然であるが、後日記入することにつき、裁判所の明示の許可がなくても黙示の許可がある場合、又はいわゆる司法慣習上認められている場合には、記入押印等を為し得るものと解すべきところ、被告代理人堀川嘉夫が本件取下書の末尾に取下に同意する旨記入し署名捺印するにつき原裁判所による明示による許可があつたこと(署名捺印が取下書受理後になされたことは、取下書に押捺の受附印と同意の日附を対比すれば明らかである)を認めることはできないが、原判示の如く原裁判所が、右同意を有効と解釈していることと、当審に於ける原裁判所に対する調査嘱託による回答書の記載によると、原裁判所は本件取下書の余白に同意の記入を許し、之を以て適法な同意があつたものとして取扱つていることが認められることとを併せ考察すると本件取下書に被告代理人堀川嘉夫が前記同意の記載を為すことについては、原裁判所の暗黙の許可があつたものと認めるを相当とする。そうすると、控訴人等の右主張も採用することができない。次に、控訴人等は、右訴取下の同意は、原告たる控訴人等に取下の同意書の送達その他の方法で通知されることを要するところ、控訴人等に対し本件取下に対する同意書の送達がないから未だ同意の効力を生じないと主張するが、訴の取下は受訴裁判所に対し書面を提出して之をなすを原則とし、訴状送達後の取下の場合取下の書面を被告に送達すべきであるけれども訴の取下に対する同意は、裁判所に対してなすべく之を以て足りその方式についても別段の規定はないから書面によると、口頭弁論期日に口頭で為すと、取下書に記載して為すとを問わず有効であり、控訴人等主張の如く同意書の正副二通を裁判所に提出し、その副本を原告に送達するが如きは何等法律の要求しないところである。本件に於いては、控訴人等が原裁判所に提出した訴取下書の余白に被告代理人堀川嘉夫が同意する旨記載し、署名捺印をしたことは既に認定したとおりであるから、取下に対する同意は適法に為され、その効力を生じたものと謂うべきであるから、控訴人等の右主張も亦採用することができない。

次に、控訴人等は本件訴の取下を被告の同意の効力発生前取消したと主張するが控訴人吉村種次郎、同岩本吉治郎及び同大西正之は、昭和二七年八月三一日附で、控訴人稲田長太郎は、同年九月五日附でいづれも訴取下書取消届なる書面を原裁判所に提出したことは記録上明白(記録第三六七丁、第三六八丁、第三七二丁、第三七三丁)であり、右書面による意思表示は、控訴人等がさきに為した訴の取下の取消(撤回)と解すべきところ、訴の取下は、相手方の同意によりその効力を生じた後に於ては之を取消し又は撤回することはできないものと解すべきである。本件訴の取下は被控訴人の同意によつて昭和二七年五月二八日確定的にその効力を生じていることは前記認定により明らかであるから、その後に原裁判所に提出された右取消書によつては、本件取下の効力を左右することはできないものと謂わなければならない。従つて此の点に関する控訴人等の主張は理由がない。

以上の理由により、控訴人五名と被控訴人間の本件訴は、控訴人等の昭和二七年三月一一日附同月二四日原裁判所に受理の訴取下書により取下げられ、同年五月二八日被控訴人の同意により取下の効力を生じ、既に終了していることは明らかである。従つて右と同趣旨の理由で本件訴が控訴人等の訴の取下により終了している旨宣言した原判決は相当であつて、本件控訴はいづれもその理由がないから之を棄却することとし、民事訴訟法第三八四条第一項第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 朝山二郎 坂速雄 岡野幸之助)

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